北陸物語facebook ~歴史好きにおすすめしたい福井の城めぐり~

北陸物語案内人の若井です。
戦国時代の歴史に頻繁に登場するのが福井県。
そんな歴史の舞台となった県内の城をめぐってみてはいかがでしょう。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康のいわゆる「三英傑」がそろって入城した国吉城(美浜町)、そしてその3人が向かった朝倉氏の金ヶ崎城(敦賀市)は、落城するも浅井長政の裏切りにあい、織田信長の決死の撤退戦となった「金ヶ崎の退き口」でも知られます。
その3年後、朝倉勢は織田軍に攻め込まれ、信長に命じられた柴田勝家が一乗谷に火を放ち、朝倉氏が百年にわたり治め、大いに栄えた街は灰燼に帰したのでした。

その後、柴田勝家が築いたのが北庄城(福井市)です。織田信長の安土城の天守7層をしのぐ、9層の天守があったそうですが、わずか8年で、今度は豊臣秀吉に攻め込まれて、勝家は自ら城に火を放ち、妻のお市の方とともに壮絶な最後を遂げました。
徳川家康の次男・結城秀康(松平秀康)が越前に入封したとき、北庄城は福井城に造り変えられました。福井城の本丸と二の丸は徳川家康が縄張り(設計)したと伝わります。

ちなみに滋賀県の県境の山中に、「賤ヶ岳の戦い」で柴田勝家が本陣を置いたのが、玄蕃尾城(げんばおじょう/敦賀市)で、当時の山城の中では完成度が非常に高く、今もその縄張りの構造がよくわかる状態で保存されています。

さて、福井の城めぐりで忘れてはいけないのが、丸岡城(坂井市)です。日本に12しかない江戸時代以前に建てられた天守が残っています。築城は戦国時代で、織田信長の命により、柴田勝家が甥の勝豊に築かせたものです。天守は築城当時のままではないかと言われていましたが、2019年の坂井市の調査で、寛永年間(1624~1644年)の建てられたものということが判明しました。急な階段を登った天守最高階からは福井平野や日本海を望む大パノラマが楽しめます。この城の特徴は石瓦の屋根。一般的な土製の瓦では寒暖差で割れてしまうため、石瓦を採用したのは豪雪地帯にある城だからなのです。

このように、福井県各地にある城跡の歴史をひもといて見ると、日本の歴史が大きく動いた瞬間瞬間に関わりが深いことを知ることができ、歴史ファンにはたまらないと思います。

(写真/国吉城址本丸跡、丸岡城 提供/福井県観光連盟)