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能登の山岳信仰の一大拠点だった「石動山」の遺構/石川県中能登町

北陸イメージアップ推進会議、倫代です。

石川県中能登町にある石動山(せきどうさん)は、標高564mの穏やかな山です。今は人けがあまりなく静かですが、かつては約3,000人の修行僧が集った信仰の山でした。開山の時期は定かではありませんが、南北朝時代・戦国時代の動乱の舞台となった場所です。

「伊須流岐比古神社(いするぎひこじんじゃ)」を構えた石動山は、最盛期には約360もの坊を有し、能登の山岳信仰の一大拠点となっていました。衆徒たちは「泣く子も黙る石動山衆徒」といわれるほど勢力を持ち、時代時代の武将と関わりが深ったため、南北朝時代は足利尊氏一派から、戦国時代には前田利家一派から、二度もの焼き討ちにあいました。繰り返し再建されるも、明治時代の廃仏毀釈によって再び廃絶されました。

現在の石動山にはたくさんの遺構があります。伊須流岐比古神社や復元された大宮坊(寺務の本拠)ほか、五重塔跡、多宝堂跡、上杉謙信が戦の時に築城したといわれている石動山城跡などは、霊山石動山の規模の大きさと深い歴史を物語っています。是非一度、ゆっくりと遺構を巡ってみてはいかがでしょうか。

※3月20日まで石動山資料館は閉館中ですが、山中の遺構は冬季期間中もみることができます。但し、大宮坊の内部拝観は資料館の開館時期に準じます。また、資料館周辺の駐車場までは少々道幅が狭い箇所があり小型車での来訪をおすすめします。やはり積雪のない日が良いでしょう。

<石動山>
パンフレットは “なかのと観光ナビ” からダウンロードできます。
https://www.town.nakanoto.ishikawa.jp/tourist_navi/kanko_spot/3432.html





(写真は11月下旬に撮影)

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