北陸物語facebook ~五箇山・合掌造りの歴史を紐解いてみよう~

北陸物語案内人の若井です。

五箇山 相倉合掌造り集落

雪に覆われた五箇山の合掌造り集落。

冬の合掌造りは見るからに寒そうだと思われがちですが、一階部分がすっぽりと雪に囲まれると、風が入らず意外と温かいそうです。かまくらに入ったのと同じ原理ですね。

合掌造りの家は高い屋根をはじめ、規模の大きなものが目を引きます。約60度という急傾斜の高い屋根は雪に強く、2層、3層となった屋根裏では養蚕が行われていました。そして冬は一階の土間では和紙をすいていました。
また、床下では五箇山では「塩硝」と呼ぶ黒色火薬の原料となる硝石も作られていました。

このように屋内は住居だけでなく、作業場としても機能していたため、広いスペースが必要でした。
一般的には民家の周りに別棟で作業場や納屋を作りますが、五箇山は豪雪地帯なので、冬は隣の作業場にいくのでさえ大変。そのために一棟の中で完結した方が便利。さらに山間地なので、そもそもたくさんの家を建てるスペースがなかったこともあります。

ちなみに五箇山の塩硝ですが、種子島に鉄砲が伝来してからわずか30年ほどの間にすでに作られていたようで、大坂の石山合戦では真宗門徒へと送られ、織田信長を苦しめていたのだとか。山間地の民家の床下で天下取りが動いていたなんて、興味深いですね。

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