北陸物語

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金沢市中心部を流れる ‟鞍月用水”。その歴史。/金沢市

北陸物語案内人の若井です。

城下町・金沢の街なかを歩くとたくさんの用水があることに気がつくでしょう。それもそのはずで、市内には実に55もの用水が流れています。

なかでも藩政期に金沢城に水を送るために作られた「辰巳用水」、金沢城築城の木材を運んだという「大野庄用水」、水力で菜種油を採っていた「鞍月用水」はよく知られています。

兼六園を流れる曲水の水は辰巳用水から引かれているものですし、長町武家屋敷跡で軽やかなせせらぎの音を響かせて流れているのが大野庄用水、そして、金沢の繁華街、柿木畠や香林坊付近を流れているのが鞍月用水です。

さて、今は用水沿いの「せせらぎ通り」におしゃれなショップやレストランが建ち並ぶ鞍月用水ですが、明治時代、金沢の近代化に大きく貢献したことはあまり知られていないかもしれません。

明治7年(1874)、この用水の水力を動力として、金沢の中心部に金沢製糸場が作られました。設計にあたった大工の津田吉之助らは、富岡製糸場を視察したそうで、完成したものは国内で富岡製糸場に次ぐ規模だったと言われます。その後、製糸場の経営はうまくいきませんでしたが、しかし金沢の産業基盤の確立にはたくさん貢献しました。
現在、その製糸場の跡は金沢市立中央小学校が建ち、往時をしのぶものは何も残っていませんが、付近にはその解説をする案内板が立っていますので、香林坊からせせらぎ通りを用水沿いにぶらぶらと歩きながら訪ねてみてはいかがでしょうか?

なお、尾山神社の神門を設計したのも津田吉之助で、そのたぐいまれなる才能を今に伝えています。
ちなみにこの神門に設置されている避雷針はおそらく日本で2番目に古いもので、最古とされるのが、今は世界遺産となった富岡製糸場にあります。
群馬も金沢も雷が多いという共通点があり、避雷針を見た津田がひらめいたものかもしれませんね。


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