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芭蕉にとっては悲哀の地となった金沢/奥の細道ゆかりの地

北陸イメージアップ推進会議、倫代です。

江戸時代の俳人松尾芭蕉は、1689年(元禄2年)に奥州・北陸道を約150日間かけて旅をし、紀行『奥の細道』を著しました。松尾芭蕉と弟子河合曾良は、150日間のうちの10日間、ちょうど夏の終わりの今の時期に金沢に滞在していました。

金沢滞在中のほとんどは、今の犀川大橋近くにあった「宮竹屋」で宿をとり、卯辰山や野田山、金石などに足を運び、地元の俳人達と交流を重ねたようです。また、金沢には小杉一笑という俳人がおり、芭蕉と一笑は互いの対面を心待ちにしていましたが、金沢に到着する前に一笑は亡き人となっていました。金沢は芭蕉にとって悲しい思い出の地となったようです。

滞在中に詠んだ句「あかあかと日はつれなくも秋の風」の句碑は市内に3箇所、兼六園山崎山・犀川大橋近くの河畔(寺町側)・野町“成学寺”にあります。一笑を偲んだ句「塚も動け我泣く声は秋の風」の句碑は、一笑ゆかりの寺、野町“願念寺”にあります。また、宿「宮竹屋」があった場所とされる現在の片町スクランブル交差点には記念碑「芭蕉の辻」があります。

「あかあかと日はつれなくも秋の風」
夜の風が冷たくなり、北陸もだんだんと秋めいて参りました。引き続き北陸物語をご愛読いただき、北陸の秋をお楽しみください。

<成学寺>
住所:金沢市野町1-1-18
<願念寺>
住所:金沢市野町1-3-82




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